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『翔んで埼玉』『埼玉最強伝説』埼玉県民の屈折した郷土愛と自虐

読書 漫画

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昔から埼玉という土地は、どうも「東京に近いけどイケてない」「東京で働く人のベッドタウン」的なイメージを持たれてきたようだ。1980年代にタモリが「ダ埼玉」と揶揄して以降、そのイメージはより強固なものになったように思われる。

特に調べたわけでない個人的な感覚だが、こうした埼玉dis感情は東京都出身者より、むしろ地方出身者に多いのではないか。地方出身上京組は東京での生活に夢見がちな傾向があり、やたら“どこに住んでいる(住む)”を気にする傾向があるように思われる。

テレビで頻繁に見る素敵な街に住めば、テレビのように素敵な生活が送れると安直にも考え、「遊ぶ場としては最高だが、住むには向かない街」に高い家賃払いながら無理して部屋を借りてしまう上京者を何人か見てきた、地方出身者の感想だ。

そうした人たちからしてみると、なるほど確かに埼玉という土地は「稼ぎとのバランスで妥協して住む場所」に見えるかもしれない。そうした蔑視とも取れる眼差しを、埼玉県民は受け止め、自らネタにするような発言もネット上には見られる。それは仕方ない本当のことだからと思っているのか、それとも自ら率先してネタにすることで、それ以上の致命傷は避けようとする防衛本能なのか。

いずれにしても、そうした埼玉県民の態度、東京に向ける憧憬の眼差しを“地方出身、埼玉在住”の視点から切り取ったのが、魔夜峰央の漫画『翔んで埼玉』だ。

伝説の埼玉dis漫画『翔んで埼玉』

このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)

このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)

本書は地方ネタを好んで取り扱う日本テレビ系『月曜から夜ふかし』で取り上げられ、再び注目を浴びた1980年代の漫画。時期的にはタモリが頻繁に「ダ埼玉」という単語を用いだしたのと同じころだ。

本作品での埼玉の扱いは「これはひどい」の一言。まず表紙にもなっている白鵬堂百美の「埼玉県民には、そこらへんの草でも食わせておけ!」だが、これは埼玉出身者が体調を崩し、学校の保健室を利用しようとしたときのセリフ。この学園では都民にあらずんば人にあらずなのだ。

そのほかにも印象的なセリフをいくつか書き出してみよう。

  • ああいやだ。埼玉なんて言ってるだけで口が埼玉になるわ!
  • 埼玉県民が人間並のことをぬかすな! つばでもつけとけ!
  • 犬以下の埼玉県民
  • (たとえ埼玉県民だとしてもついて行きたいという相手に)所沢へ?
  • サイタマラリヤだ!

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作中で埼玉は1980年代にも関わらず、自動車も満足に走ってない未開の地として描かれている。埼玉県民は都民専用の施設へ入ろうものなら埼玉狩りで連行されてしまう。埼玉出身東京都在住も、居住地は限られた一区画だけを与えられ、掘っ立て小屋のような場所で暮らしていた。

主人公の麗・麻美は、とある事件から埼玉県解放連盟の初代リーダーとして、こうした社会への抵抗を始めるのだった。

今後の展開をにおわせながら、未完で終わった奇作

本作品は1982年~83年にかけ、白泉社『花とゆめ』に全3話が掲載された。しかし物語は尻切れトンボというか、何とも中途半端な形で終わっている。幻の埼玉県民“埼玉デューク”が、存在をにおわせたところで突如として連載は終了。知らないで読んだら打ち切りに遭ったのかと思うような最終回だ。その理由はあとがきによると、「ここまで描いたところで、所沢から横浜へ転出したため」だそう。

あくまで身内の視点として描いていた物語が、住まいを埼玉県外に移したことで、単なる差別と取られてしまいかねない状況になった。様々なことに配慮したり、気をつかった結果、ここで幕を下ろすことに決めたのだそう。

一見すると納得できる理由だが、それでは作中での茨城の扱いが説明できない。『翔んで埼玉』作中での、茨城の扱いはひどいことになっている。

  • あんな田舎もんども、おらたち誇り高い埼玉県民を一緒にしてほしくねーだ!
  • 茨城!? 茨城というと、埼玉のさらに奥地にあるといわれる、あの日本の僻地!?
  • 気の弱い女性は、その名前を聞いただけで卒倒してしまうという、あの茨城です

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埼玉よりもさらに秘境の地、その名を口にすることすらはばかれる、納豆しか特産品のないド田舎。そんな描き方をされているのが、本書での茨城だ。住んでない土地のことは、悪く描きづらいというなら、果たして茨城はなぜにこれほどのdisを受けてしまうのか。その理由は2015年12月25日に公開された、ダ・ヴィンチでのインタビューにあった。

当時まだ独身だったんですけど、茨城出身の奥さんと付き合ってたんですよ。だからなんとなく身内感覚で、茨城のこと多少悪く描いても平気かな~と思って描いたら…平気じゃなかった(笑)。奥さん、後から親戚にエラいクレームつけられたって。その辺が埼玉と茨城の県民性の違いなんでしょうね。

埼玉ディス漫画『翔んで埼玉』について埼玉県民が魔夜峰央先生に聞いてみた<前編> | ダ・ヴィンチニュース

愛ある埼玉disの一方で、埼玉愛にあふれる自虐漫画も

魔夜峰央の『翔んで埼玉』は、決して埼玉に悪意を持って描かれた漫画ではない。そこだけは強調しておきたい。ただ、氏の耽美な絵柄やブラックな部分に、東京と埼玉に引き裂かれたカップルという設定が、これ以上ないほどハマってしまったのだ。埼玉県民が抱える、屈折した郷土愛も漫画の題材にしやすかったかもしれない。

そんな『翔んで埼玉』から約30年。埼玉県民にだって、埼玉県民の言い分があるぞという漫画が登場した。それが犬木加奈子の『埼玉最強伝説』だ。

埼玉最強伝説 (SAKURA・MOOK 43)

埼玉最強伝説 (SAKURA・MOOK 43)

犬木加奈子といえば、自分は『不思議のたたりちゃん』をリアルタイムに読んでいた世代なので、ああいったホラー漫画の描き手というイメージが強い。最近調べたら電子書籍版も出ていて懐かしくなった。

あの時代の少女漫画で、やたら残酷な話ばかり載っている雑誌を姉が買ってきてたんですよ。確か人肉バーガーの話で、最後に主人公の少女が天井から吊され、生きたまま肉を削がれるのがオチって漫画もあった。あれ誰が描いてる、何て漫画だったかは忘れてしまったが、最後の大ゴマだけは覚えている。

そんな自分からしてみると、犬木加奈子が復活! しかも埼玉を題材にした自虐漫画と聞いて、まったく内容の想像ができず動揺してしまった。本書では「何もない」「多様性がある」と言われる埼玉について、鉄道が東京方面を往復する南北にばかり発達し、広い土地を東西にわたる路線が少ないという面から考察されている。しかしながら、それでこそ独自のものが発達したとも述べられており、作者の埼玉愛は感じられた。また、東京都で働く人間のベッドタウンとして、ライバル関係にある千葉県(チバラキ)への対抗意識も面白く読んだ。

両作品を読み比べてみることで、より埼玉という土地を知ることができそうだ。

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