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『WEB小説家になろうよ。』早矢塚かつや

読書 ライトノベル ダッシュエックス文庫

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正月にKindle Paperwhiteを購入して以降、以前よりも電子書籍での読書量が増えました。消灯後のベッドでも読める、スマホやタブレットよりも電池が長持ち、目に優しいバックライトと良いことずくめ。みんなもKindle買おうよ!

という遅すぎた近況報告が終わったところで本題に入ります。Kindle端末の購入キャンペーンでギフト券4000円分を手に入れたので、Amazonの策略に乗っかってKindle本を数冊買いました。本書もその中の1冊。

あらすじ

俺は東山静司。小説投稿サイト『もの書きになろうぜ』で連載中の作品が、めでたく書籍化されて順風満帆…のはずだったんだが。「続きが…書けない…!」スランプで絶賛更新が停止中。そんな矢先、俺は自分のアカウントが乗っ取られ、勝手に連載の続きが投稿されているのを発見する。文章はめちゃくちゃ、書いた覚えもないのに―おもしろい!!犯人はクラスメイトの秀才美少女・西園海玲。俺はいつのまにか小説とは縁遠いはずの彼女とコンビを組んで小説を書くことに…って、海玲さん?どうして俺たちはキスをしているんでしょう!?うらやましすぎるWEB小説家の日常系ラブコメ、開幕!!(Amazonより)

登場人物紹介

東山静司

小説投稿サイト『もの書きになろうぜ』にて、東山セイのペンネームでWeb小説を連載している高校生。最近『プラモ無双』という作品が書籍化されたものの、続きが書けず大絶賛スランプ中。

西園海玲

静司のクラスメイト。教室では隠しているがオタク気質あり。東山セイのファンだと名乗り、彼にコンビでの活動を持ちかける。

以前は神崎ヘレンとコンビを組み、プロット担当として活動していた。文章能力は壊滅的。

神崎ヘレン

静司たちと同じ学校に通う女子生徒。以前は海玲とコンビを組んでいたが、芸術性の不一致から解消。しかし、彼女はコンビ再結成を目論んでおり、静司と海玲に難題を持ちかける。

海玲とのコンビネーム神崎玲人は『もの書きになろうぜ』界のトップランナーとして有名。

暮里林檎

静司、海玲と同じネット文芸部に所属する女子生徒。口数少ない系で少しズレたところがある。

久馬サチ

ミニマムボディの28歳。ネット文芸部の顧問。やたら『もの書きになろうぜ』の事情に詳しいため、作品投稿疑惑がかかっている。

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「年頃の男の懇願は、プロポーズ以外は聞かないことにしている」 「先生処女だぞ」

「なろう系」あるあるが面白い

本作の注目点としては第五話「新作を書こうよ2」に出てくる、『なろうぜ』あるあるを挙げたいですね。この『もの書きになろうぜ』というサイトは、言わずもがな『小説家になろう』をモデルにしています。

そのため、ここで示される『なろうぜ』作品の類型分析は、なろう系の分析としても面白く読めます。作者は「なろう系」を以下の8タイプに分類しています。

①異世界転生・異世界転移

②VRMMO

③チート能力

④スローライフ

⑤いじめ・復讐

⑥グルメ

⑦ハーレム

⑧TS

①は最も有名な類型。書籍化された作品も多く、なろう系といえばこれを真っ先に思い浮かべるでしょう。ケータイ小説の難病物、なろう系の異世界転生・転移ものと言えるくらいです。

新作の構想が固まらない静司と海玲に、久馬ちゃんは「取りあえず体験してみる」ことを提案するわけですが、異世界転生・転移なんてどうやって体験するんだという疑問が静司からは出ます。

それに対する久馬ちゃんの答えが「んー…… とりあえず、トラックに轢かれてみるか?」です。そしてこれに対する静司のツッコミは、「転生トラックかよ」であり、続けて語り部でもある静司から転生トラックの説明が入ります。

異世界に転生する際にトラックに轢かれて死んでいくのがパターン化してしまったため、そうした導入形態をこう呼ぶようになった。

最近はあんまり見ないけれども。

転生トラックに関しては自分が一から拙い説明を重ねるより、カトゆーさんの解説と元ネタ探しが非常によくまとまっているのでリンクしておきます。

katoyuu.hatenablog.jp

katoyuu.hatenablog.jp

この転生トラックに対しては、Web小説に触れてきた人と文化圏の外にいる人とで認識のズレが生じており、その最たる例が「なろう」投稿作品から書籍化、アニメ化された『この素晴らしい世界に祝福を!』をめぐる一連の議論です。

togetter.com

ここで作家の野尻抱介氏は「トラック転生して異世界という名の想像力のかけらもないゲーム世界に行って、なんの苦労もせず女の子がいっしょにいてくれるアニメを見たけど、コンプレックスまみれの視聴者をかくも徹底的にいたわった作品を摂取して喜んでたら自滅だよ。少しは向上心持とうよ」と、『このすば』が徹底的に読者を甘やかす方向に特化した作品だと批判的に書いているわけですが、「なろう」中心にWeb小説と戯れてきた読者なら、この論には少し疑問を抱くと思います。

というのも、『このすば』はそうした一連の「なろう系」を俯瞰し、野尻氏曰く“コンプレックスまみれの視聴者をかくも徹底的にいたわった作品”から半歩ズラすことで物語を構築しているからです。

転生トラックで綺麗サッパリ死んで新世界でやり直せる「なろう系」主人公に対し、『このすば』は主人公のカズマが迫り来るトラックから少女を救おうとして死んだが、実はトラックとトラクターを誤認していたことが後に判明します。

さらに転生ものでは神・女神といった高位の存在から祝福なり何なりを受け、新世界で新たな人生を開始するのが定番となっていますが、『このすば』の駄女神アクア様はカズマの死にざまで大爆笑し、「お前が突き飛ばさなきゃ、彼女はかすり傷も負わずに済んだのに」とまで言います。

そのためぶちキレたカズマから、異世界へ持っていくアイテムに指定され、一冒険者に身をやつすというのが物語の導入です。

この話を長く続けると『WEB小説家になろうよ。』の記事なのか、『この素晴らしい世界に祝福を!』の記事なのか分からなくなるためこのあたりで打ち切りますが、自分としては『このすば』はベタに受け取るべき作品というより、セカイ系ブームの末期に登場し一連の作品群に共通する特徴や類型を網羅しながら美しい物語を紡いだ『イリヤの空、UFOの夏』に近い立ち位置の作品と感じるのです。

イリヤの空、UFOの夏 その1<イリヤの空、UFOの夏> (電撃文庫)

イリヤの空、UFOの夏 その1<イリヤの空、UFOの夏> (電撃文庫)

そして『このすば』でアクア様を演じる、雨宮天さんの演技は一聴の価値があるとだけ書き添えておきます。

物語は全体的に走りすぎている

あるあるネタを興味深く読んだ『WEB小説家になろうよ。』ですが、それ以外の部分では食い足りません。全体的なお話としては走りすぎている、全力で冒頭から結末まで駆け抜け消化不良気味です。

出てくる女の子がほとんど最初から好感度MAX状態で、海玲に至っては「な、何だこの清純派ビッチは…!」と度肝を抜かれました。

ヘレンが出した課題をふたりがクリアする最後の展開も、悩んだ割にあっさり解決してしまった印象が拭えません。

ただそれでも本書を擁護しておきたい部分が一点。Amazonのレビューで「あらすじを詳しく読めば分かりますが、主人公はなろうで好評を受け1巻が書籍化済みの高校生。つまり既に小説家になってるのでタイトル詐欺です」とあります。が、本書を最後まで読み、ごく普通に当たり前の日本語能力が備わっていれば、この批判は的外れと分かります。

このタイトルは終盤で静司が小説を書く難しさ、楽しさ、今はWebという誰でも気軽に発表できる場があることを喜び、読者に語りかける場面に掛かっています。つまり読んでいる人間に「みんなも小説を書こうよ」と促しているわけです。

なので「主人公はすでにWeb小説家じゃないか。タイトル詐欺だ!」というのは、『あらすじを詳しく』読んだだけでレビュー書いてるんじゃないか疑惑をかけられる程度にはお粗末です。と、ここまで書いてから気づきましたが、このレビュアー他には何ひとつレビューしてない単発アカウントでした。

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